2011年3月13日日曜日

勝浦

金曜日から学年旅行で房総へ.

ゴルフ組とお風呂組に分かれ,自分はお風呂組で10時半新鎌集合w
電車で新鎌へ.

まずは,太陽の里九十九里.
12時過ぎに到着.勝浦に18時に着けばよいので,16時までゆっくりしようということで.
いろんなお風呂やサウナを全部入り終わってもまだ14時半.
仮眠室で寝ることにした.

寝ていると,なんだかゆれている.
夢うつつで,いつだかの寝台列車を思い出す・・・ん?そんな場合ではない.地震だ.

小さなゆれが長く続く.P波が大きくて長いということは,どこか遠いところで,巨大地震が起きている可能性がある.(50年前のチリ地震のP波は10分以上)
仮眠室のテレビで速報している.やばい感じ.

館内放送で3階に避難するようにという.3階に上がると海が一望できる.皆,海を見ていた.3階の外に出られるところには,足湯があるが,地震の揺れで溢れたと思われるお湯で周囲がぬれていた.

ほどなくして,津波の予想が10mで.
「お車の人は,車を高台に避難させてください.」
との連絡を受け,茂原方面に避難.
携帯がつながらず駅近くのコンビニで,ムスメに公衆電話から生存連絡.

この後,宿泊地の勝浦へ.
海岸線ではなく,内陸の大多喜経由で.

直行メンバーが既に着いていて,とりあえずの避難場所のかんぽの宿に来ていた.
宿は標高が高いところらしく,避難勧告や命令はないので,そのまま宿に向かい,宴会w


アワビの踊り食いとサザエのつぼ焼き.
刺身はオーナーが朝採ってきた,カジキ.

キンメダイは,とろけるようにうまい.

食いきれぬほど・・・すいません,大津波警報中に呑んだくれていました.
これで津波で死んでも思い残すことはない・・・などと言いながら.


20:44 の満潮時.
「津波が防波堤を越ています.海岸に近づかないでください.」
と,防災放送.酔っ払って海のほうには行かないように皆で自制w

翌日,A1 Club の OAM にチェックインを目指すものの,残念ながらできなかった.


もともとの予定は,自分だけここから離脱しこのままJRで河口湖へ行く予定が,外房線は不通.
とりあえず,皆と車で帰ることにした.

高速道路はすべて通行止め.
海沿いはまずそうなので,大多喜経由で茂原へ.
茂原から北上して東金,八街へ.
八街市内は停電していて,信号が消えていて大渋滞.

富里,酒々井から北総線の側道経由で学校へ.

自分の机を見えたら,予想通り雪崩を起こしていたw
メールチェックしたら,河口湖旅行は中止.そのまま帰宅.


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