2006年10月6日金曜日

危機管理意識

大雨と洪水の警報が出た.
自分は,ひとつでも警報が出たら,生徒を帰すべきだと思う.

今日の雨の降り方は,土砂降りではない普通の雨である.
だから,「帰すほどではない」との学校の判断である.
でも,その判断は科学的なものではない.自分たちの過去の経験に基づいた「素人判断」である.
いちおうネットで雨雲の動きなどを見たという.その動きを見て「生徒の帰宅に影響が出るほどではない」などという判断は,どこまで行っても「素人判断」に過ぎない.昨夜からやむことはなくずっとこの降り方なのだが.

気象庁は,一定の地域全体にごく一部でも洪水が起こる可能性があれば,警報を出す.千葉県北西部なら100万人以上の住民の1人でも洪水に遭いそうなら警報を出すわけである.
1人も犠牲者を出さないためには,適切な警報の出し方である.

逆に,それが「警報」を狼少年状態にしているかもしれない.

たいていの洪水警報は被害がほとんど出ないまま終わる.でもそれは「よいこと」なのである.

つまり災害は不可抗力もあるだろうが,警報が出ているのにもかかわらず川に近づいたり,避難が遅れたりして,災害に巻き込まれる場合もある.
そして異口同音に「いままでこんな災害がなかったから大丈夫だと思った」という.警報が出ているにもかかわらず,狼少年状態で大丈夫だと思ったわけである.

「警報」はトップレベルの危険情報で,これ以上の危険情報はない.
利根川と江戸川の両方が大氾濫して,市内のほとんどが流されるような洪水でも,近所の小川がちょこっとあふれる程度でも「洪水警報」に変わりはない.「大洪水警報」とか「チョー洪水警報」とかはないのである.

判断は学校に任されているので,まぁ仮に,生徒の帰宅中に事故が起きても,「学校の判断としては問題なかった」ということになり,責任は追及されないのだろう.

でもそれでいいのか?
学校は数百人の命を預かっている.全員を安全に自宅に帰さなければならない.そのためには警報の空振りを恐れてはいけないと思う.
それが,危機管理意識というものだろう.

災害は「大丈夫だと思った」素人判断に起きる.
学校には気象庁以上の判断をできる専門家はいないのに,「大丈夫だ」と判断してしまう.つまり,専門家集団が出した警報を,「狼かウソか」と素人が判断していることであり,実はものすごく危険なことなのだ.

数百人全員を無事故で帰宅させるには,警報が出たら即刻休校にすべきだ.
警報は空振りに終わってよいのである,空振りは「よいこと」なのだから.

警報が出るたびに,この素人判断がどうにかならないかと思う.
犠牲者が出てからでは遅いのだ.

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