2015年7月9日木曜日

資質の問題なのか.

中学生が痛ましいことになって,「生活記録ノート」のコメントなど,まぁひどい教員もいたものだとは思う.

人としてどうかということなのだが,そういう人間をなぜ採用時点で排除できなかったのかとも思う.
おそらくは,採用されるときは誰もが理想に燃えているから,数年後にどうなるかはわからない.

では,その理想に燃えていたであろう人が,なぜそんな問題のある人間になったのかということ.

ひどい「コメント」を読むと,どうも精神を病んでいるとしか思えない.
余裕がなく,生活記録ノートは「こなす仕事」になっていたのではないか.

精神を病んで,生徒の一人くらい死んでも,上司に言われた,生活記録ノートの「コメント書き」の仕事を優先しただけだったのかもしれない.
あるいは,生徒が死ねば現場を離れることができるとでも思ったか.

普通の神経を持っていれば,「こなすだけの仕事」と化していても,SOSくらいは見逃さないはずだが,病んでいれば期待できない.
病人を教壇に立たせてはいけない.

こういうノートを,毎日40人分読んでコメントを書くと,どれくらい時間がかかるのだろう.
部活を終えて,全員の生活記録ノートのコメントを書いて,そのあとに教材研究して・・・
最近の裁判では,部活動で教員がついていない時(職員会議や学年会議や教科会議や分掌会議や顧問会議や各種校内委員会)に生徒が事故を起こすと,ついていなかったこと自体が教員の過失になるから,コメント書きや教材作りごときで部活を離れられない.

事件のあった学校の教員は,おそらく自分のことで精いっぱいで,病んだ教員のことまで心配りはなかったのだろうなとか,管理職は教育委員会から上意下達された仕事(調査とか報告とかアンケートとか校内研修とか○○研究とか)をどんどん教員に回して,教員の状況まで気が回らなかったのだろうなとか,いろいろ考えてしまう.

病んだ教員を見つけられない構造があったのだろうし,病まないような環境づくりも必要だろうなとは思う.それは校長なり,教育委員会の仕事.
実際,どの学校にも休職に追い込まれている人はいる.

でも世の中,総ブラック化へ向かっているから,教員だけ「余裕のある教育活動」など期待してはいけないのだろう.

この事件をきっかけに,さらに学校の多忙化が加速するのだろうなぁ.学期末だから,「いじめアンケート」の実施とその報告を求められるのは目に見えている.

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