2012年7月26日木曜日

評論家

教育には多くの人が関心あるので,ブログやツイターでもよく見かけるし,事件が起ころうものなら,蜂の巣をつついたような様相となり,みな評論家となる.

そうした意見の大半は,それを仕事にしている自分に言わせれば,「またか・・・」
べつに,賛成とか反対とかいうことではなく,言い古された議論の蒸し返しにしか見えない.
これは自分の感性が鈍化しているだけなのかもしれないけれど.

さらに,そうした議論が,「~はだめだ」「~はよい」の2択にしか見えない.(日本は駄目だ,○○がよい とか)
そして,一面だけをみた議論に終始する.

そうした,記事やブログやツイタやコメントを見て,自分も議論に参加してみようと書き始めると,結局「は~」
一概に「だめ」「よい」と言えぬものだから,そうした背景なども説明が必要になったりして,ものすごい量になってしまう.
だから教育の議論は,膝を突き合わせる以外はやりたくない.自分にとって,ネット上での議論は不可能と感じる.

まぁ,勝手にやってくれ.
現場の人間にとっては,量が多すぎて,何も心に残らないよ.
もちろん,仕事柄,報道その他,目を通すが,ただのホワイトノイズだ.

だからせいぜい,「いいね」ボタンを押して,おしまいにしてしまう.
余裕がないな~.

関心があるのは「今,眼の前にいる生徒の未来の幸福の実現をどう手助けするか!」だけですから.

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