2012年1月13日金曜日

数感覚とRSA


今年は,情報Cの授業で,RSA を説明した.教材は4年前のものを作り変えたもの.>以前の記事
ここ数年やっていなかったのは,別の人が自分の教材で他のクラスの授業をする関係で,この教材はたぶん自分しか使えないと思ったから.

授業では半分近くの生徒が理解しておもしろがってくれた.これくらい面白がってくれると,理解できない生徒も「面白いのだなー」と感じてくれる.
生徒もそうだけど,サブについている数学の先生も面白がってくれる.

ときどき,RSA 暗号のかいつまんだ解説を見聞きするけど,数式での説明だから,我々は何とかなるけど,高校生には使えない.それを数式など使わず具体的な数字を並べて説明.
それで,なんとなくわかった気になると思う.

数式の抽象化は,具体的な数や図形感覚の先にあると思う.
数式がうまく扱えても,具体的な感覚が伴わなければ,地に足がついたものではないと思っている.

以前,研究授業で突っ込んだのも,数式処理に偏った授業だと思ったからである.
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数式(抽象)からイメージを作り出せるのは,生まれながらの天才か,我々のように専門教育を受けた者だろう.
「わかった」感覚というものは,数式をいじくり回せるようになることではなく,イメージできるということ.イメージできれば,数式のほうは表現力の問題になる.
イメージできぬまま,数式をこねくり回すことを要求するから,数学はつまらん科目になるのだと思う.
でも,数式パターンをこねくり回す方が,教えるのも教わるのも楽なのだよなー.で,そんなものは多分数年で忘れ去られてしまう.
微分積分を習って,とりあえずテストでそこそこ点を取っても,大人になって覚えている人はまずいない.
理系の人間なら,微積分の計算は掛け算の九九のようにできなければならないので,高校の微積分は「イメージより計算力」で作られている.

掛け算の九九は,掛け算の意味も分からぬうちに覚えさせられるけど,掛け算は日常使うことが多いので,使っているうちに掛け算の意味が分かってくる.
微積分は使う機会がないから,九九(計算技術)を叩き込まれても,日常的に使わないので,意味など分からない.
以前,「一生微積分を使わない生徒が100%」の学校で,「計算よりイメージ」の授業をやったことがある.

イメージが先行すれば,数式表現は忘れても,数学は一生の宝となる・・・ことはわかっちゃいるけど,時間がかかるから普通はそういう教育をしない.
せめて,こうして情報の時間の話題の一つに提供するくらいだな.


よく言うのは
「難しいことって,面白いんだよ.簡単なことで,面白ことってないでしょう? スポーツが面白いのは難しいからでしょ.」

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