2009年2月16日月曜日

円周率と無限の感覚

以前,書いた記事で,
円周率の計算記録が伸びるニュースが伝わると,「いつか終わるのだろうか」という素朴な疑問を持つ人もいるようだ.
と書いたが,
  1÷3
に対して,「いつか終わるのだろうか」などと考える人はいない.
つまり,
  1÷3 = 0.333・・・
は数字の並びを見ただけで,無限の感覚を持つことができる.
感覚的に無限が知覚できるのは,循環小数のほか
  1,2,3,・・・
といった数の羅列とか,
  「0以上1以下の実数は無限にある」
とか,いろいろあるだろう.
この「無限」の感覚が持てる・持てないの違いは何だろうか.

循環小数は
  1÷7 = 0.142857 142857 ・・・
くらいでも,無限に繰り返しそうな感覚だが,
  1÷61 = 0.016393442・・・
は循環節の長さが60桁もあるから,循環しないような気持ちになるかもしれない.
循環の長さが長いとき,「本当に循環するかな」という気持ちになるのは,その循環全体を瞬時に見渡せないからだろう.300桁くらい並べれば60桁の循環が納得できるだろうが.つまり,見渡せ得る循環小数には,無限を知覚させる力があるのだろう.

「有理数の無限小数は必ず循環する」というのは,論理の力でも,比較的簡単に納得できる.
以前の記事

しかし,円周率が,「無限に循環することのない小数」であることは,感覚ではなく「論理の力」でしかわからないという点で,難しいかもしれない.
循環するなら,「無限にある」と思えるが,循環しない無限だと無限を知覚することができず,「もしかして・・・?」という気持ちになるのだろう.

もちろん,「無理数は無限小数」という論理に基づいた感覚があれば,円周率が無限小数であることは「感覚」である.

まず,
  「有限小数ならば有理数である.」
これは感覚的にも明らかだろう.
  0.1234 = 1234/10000
となるからである.
この命題の対偶は
  「有理数でないなら,有限小数でない.」
ここは論理の力である.
  「PならばQである」
が真ならば,その対偶
  「Qでないならば,Pでない」
も真となる.

  「有理数でないなら,有限小数でない.」
において,有理数でない実数は無理数といい,有限小数でない実数を無限小数というから,
  「無理数ならば,無限小数である.」
といえる.
つまり円周率が無理数であることが言えれば,自動的に無限小数となる.

円周率が無理数であることは,結構面倒で,数IIIの微積分の知識の上に,「背理法」という論理の力が必要.

背理法は,数学Aの「√2 が無理数である」の証明に出てくる.これは有理数であると仮定したら矛盾が出ることにより,無理数であることを結論する.
論理記号で書けば,
「p→q」の否定は
  「¬(p→q)」⇔「¬(¬p or q)」⇔「¬¬p & ¬q」⇔「p & ¬q」
より,「xが√2ならば,xは無理数」の否定は「xが√2 かつ xは有理数」となる.

円周率のときも同様に,円周率が有理数と仮定して,微積分の計算で矛盾を証明する.
以前の記事

このように,無理数は循環しない無限小数なのであるが,それは数字の並びだけど見ただけでは確信することはできず,論理の力を信じるしかないのだ.

ちなみに「論理」とは,人間の言語の中に自然にあるもので,それによって会話なり,人間社会なり,科学が成り立っているものである.どこか遠いところにあるものではない.

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